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2019-02-25

北の乙女のおぜんざい〜神社と小豆の関係性〜

奈良県桜井市に日本最古の神社と言われる大神神社があります。その神社から拝する山こそが大物主の神が坐します三輪山です。

私はその三輪山の麓で「花もり」という喫茶店を平成十七年より営んでいます。
山の辺の道をハイキングされる方や自然を散策される方が休憩や食事をされにやってこられます。コーヒー、紅茶、三輪素麺、季節毎に変わるお品書きの中から皆さんそれぞれ疲れを癒す物を選ばれますが、冬の山の辺の道で一番ほっこりするのはやはりおぜんざいでしょう。


花もりでは石狩産の「北の乙女」という小豆を使用しています。小豆の王様は何と言っても「大納言」です。コクに溢れたその味は深い余韻を与えてくれます。それに比べるとやや小ぶりな「北の乙女」は派手な香りはないのですが、アクが少なくとてもスッキリした味で栗や餅の味や香りを活かしながらまとめてくれます。

前日の晩よりたっぷりの湯で浸けておきます。夜が明けて小豆の鍋を強火にかけます。沸騰すればお湯の半分を捨て水を足しだいたい50度になるように調整しながら水を足します。いわゆるびっくり水です。そのまま沸騰を続けると湯に触れる外側のみに火が入り芯の部分は縮んだままになり皮が割れてしまいます。一粒の豆に均等に火を入れる為の先人の知恵です。
次は中火で豆の皮が張るまで火にかけます。

「ぜんざい」の語源は「じんざい」であり神在です。10月に日本中の神が出雲に集まるので神無月になりますが出雲だけ神あり月、つまり「神在」です。その時に食べる小豆の餅が「じんざいもち」それが転じて「ぜんざい」になりました。

小豆の皮が張ってきたので一度ザルにあけます。鍋に戻し湯を入れ火にかけます。沸騰すればごくごく弱火にして小豆が動かないようにあまり触らずにそのまま一時間炊きます。

お祭りには紅白饅頭が付き物ですが中には必ず赤い小豆が入っています。赤い食べ物を食べること、鳥居の色が赤いことこれらは朱色信仰から来ており血の象徴です。

ハレの日(非日常)に赤い小豆を食べることは神を感じる事であり小豆こそが神聖な食べ物です。その由来は中国の三国時代にまで遡り諸葛亮(以下省略)。

あっ一時間経ったので静かに砂糖を入れ甘味を感じれば塩を入れて甘味を最大に活かします。味が決まればもう一時間炊きます。お湯を少しずつ足しながら煮詰まらないようにします。

鍋から上がる湯気を見た二歳半の子供があちち、あちちと走ります。火傷をしないよう必要以上に熱いイコール怖いと教え過ぎたのか冬の朝の散歩中に私の口から出る冬の白い息を見てもあちち、あちちと走り回ります。かと思うとキレイな色の鳥を見つけて今度はチュンチュンがいるよと私に教えてくれます。藪の向こうに見たことない鳥がいます。後で調べるとソウシチョウという鳥でした。境内までいくとお楽しみのドングリ拾い。少し大きな手袋をした子供はドングリを拾うのに一苦労。

夕方に大神神社の境内で遊んでいると宮司さんが優しく話しかけてくださいます。息子は大きく手を振りながら「バイバイ」とまるで友達かのように返します。「こらっ、宮司さんにちゃんとご挨拶しなさい。」と注意すると優しく微笑みながら宮司さんは手を振り返してくださいました。

「またお会いする時はちゃんと頭を下げて、こんにちはと大きな声で言えるようになろうね。」帰り道、肩の上の息子はうんうんと頷いています。

日本神話の中心舞台のひとつである三輪山の麓で鳥やどんぐりと触れ合いながらまるで庭のように駆け回るのが日課です。この子にとってこんな生活は日常ですが多くの人には非日常。変えがたい非日常のような日常は、ハレの日なのかケの日なのか迷うところ。この子にとってはどっちが小豆を食べるのにふさわしいのか悩むところ。

 

そんな悩みとは関係なくアンコ大好きな息子はいつでも食べたそうです。

夕陽は息子の左ほほを赤く染め一まるで一粒の小豆よろしく肩の上。遊び疲れたのか猫背になり私の頭に寄りかかります。

明日の朝は栄養たっぷりの小豆を食べて、また元気いっぱい遊ぼうね。

 

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