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2018-12-28

エシカルウェディングVol.3「幸せがつながる結婚式とその後」

ウェディング当日。私たちは朝9時に会場に集まった。「私たち」というのは、新郎新婦である私と夫、ヘアメイクをしてくれる顔見知りの美容師さん、そして両家の家族や友人たちだ。

私たちの結婚式にはスタッフがいなかった。ケータリングやドリンクはお店の人にお願いしたけれど、設営や準備はすべて自分たちで。夫が指揮を取り、両親やいとこたち、さらには夫のおばあちゃんまでもがテントや飾りなどの配置に動き回った。どこからがゲストでどこからがスタッフなのか、もはやわからない状態。それはまさに「みんなで作り上げたウェディング」で、これから文化祭でも始まるような気分だった。

(写真:©︎ainowa photography)

「『結婚』というのは当人同士だけでなく、家族と家族がつながるということ」

せっせと手際よく準備をしながらも、なんだか嬉しそうに笑い合う家族を見て、誰かが言っていた言葉を噛み締めたのを今でも覚えている。

私たちは日本とアメリカの国際結婚だったので、当たり前のことだけれどそれぞれの家族は同じ言語を話さない。ひとつの会場で日本語と英語が飛び交い、身振り手振りで一生懸命に写真のレイアウトを伝え合い、「いっせーの」なのか「ワン、ツー、スリー」なのか、とにかく一緒に机を持ち上げる。

一体どうやって意思疎通をしていたのかはわからない。それでも小さなフォトスタジオだった会場は、時間を大幅に繰り上げて、結婚式場として美しく仕上がった。

(写真:©︎ainowa photography)

大切な「物語」があふれる日に

時間になると招待客が次々に到着し、会場はガヤガヤと人の気配でいっぱいになった。座席は決まってない。司会や進行もいない。とにかく私たち二人の人生に関わってきた人たちが交差する、自由すぎる結婚パーティーには世界中から友人たちが集まってくれた。「はじめまして」と会話をするのに、バイリンガルの友人や家族が大いにクッションの役割を果たしてくれたのだと思う。

私はそのとき、控え室で準備をしていた。小さいときから私のことを知っている美容師さんがヘアメイクをしてくれて、花子さんが持ってきてくれたドレスやアクセサリーを身につける。私がその日、身につけていたのは「バングラデシュからのフェアトレード手刺繍ドレス」、「捨てられてしまう花をドライフラワーにした髪飾り」、「義母が編んだレースのヴェール」、「東日本大震災の被災地で働くおかあさんたちが作ったアクセサリー」、そして「難民が働くネイルサロン」で塗ってもらったつま先。私の望み通り、この日は思う存分「エシカル花嫁」にしてもらったのだ。

(写真:©︎ainowa photography)

自分が今日、とびきりの「エシカル花嫁」であることは、特に大々的に知らせるつもりもなかった。だってこれは、「自分の幸せな日に、作り手の人にも感謝したい」という完全な自己満足だったから。大好きな人たちに囲まれるとき、ちょっとだけでも「作った人たち」に想いを馳せるウェディングにしたかった。そしてその一つ一つの「物語」を語れる自分でいたかったのだ。

愛しいものに囲まれた日

私たちはセレモニーも手作りで、友人たちに誓いの言葉を読んでもらう「人前式」を行った。二人で考えた誓いの言葉を英語と日本語で繰り返すとき、神聖な気持ちというよりも気恥ずかしさのほうが先立った。写真を見返すと、にやにやする私が写っている。

「これでセレモニーは終わりです!あとは食べて飲んで、楽しみましょう!」

人前式のあと、夫が照れくささを振り払うように大きな声を出した。お酒や食事には列ができ、私たちも食事にありついた。あとはシャンパンを飲みながら、握り寿司やケーキを食べ、笑ってハグする。この日は人生で一番、人と抱き合った日かもしれない。

(写真:©︎ainowa photography)

普段は絶対にハグなんかしない叔父ですら「おめでとう!おめでとう!」とお酒で真っ赤になりながらハグしてくれた。たくさんの大好きな人たちと抱き合うたびに「私の人生と、つながってくれてありがとう」と心から思った。

雨上がりの庭はやっぱりちょっと濡れていて、私のドレスの裾はあっという間に泥だらけになった。大切なドレスだけれど、それがびっくりするくらい気にならない。むしろ「今日のためにバングラデシュから私の元に来てくれてありがとう」と、より一層愛おしくなった。

誰かが大切に作ってくれた、優しい物を身につけて、大好きな人達に囲まれて。「愛しいものに囲まれること」が、こんなにも幸せなことだと、エシカルウェディングは教えてくれた。

(写真:©︎ainowa photography)

今度は伝える側になりたい

私と大切な人たち、そして世界を繋いでくれたエシカルウェディング。それから数年後、私は文章を書くようになった。その根底にある想いは「物の向こうにいる人を伝えたい」ということ。

世の中に溢れているものが、一体どんな道をたどって私たちの元に辿り着いたのか。それを知ることは、現代ではとても難しい。自分の身をつつむお気に入りの洋服や、我が子に食べさせる食品も。どこの誰が、どんな環境で、どんな思いを込めて作ったものなのかを知りたい、と思うのはわがままだろうか。

(写真:©︎ainowa photography)

物の向こう。簡単には見えないけれど、そこには必ず「人」がいる。彼らにも家族がいて、必死で働き、そしてきっと夢があるだろう。そういう人たちに想いを馳せ、つながることができるのがエシカルだと私は考えている。「あのひと」が「あなたのために」作ったものだったら、それは特別なものなる。ずっと大切にしたい、愛しいものになる。

愛しいものに囲まれることの喜びを知った今、少しでもそれを人に知ってもらいたいと思っている。今度は私がライターとして、その「物語」を紡いで伝えていきたいのだ。

私がエシカルウェディングで出会ったたくさんの物たちは、今でも私の生活を彩り続けている。もう身につけることはないけれど、ふとした瞬間に作り手のことを考える、私の原点のひとつになった。いずれは作った人たちに実際に会って、結婚式の招待客と同じようにハグしてお礼を言える日が来たらいい。

「あなたが、私の特別な日をつくってくれました」と。

(写真:©︎ainowa photography)

1990年東京都生まれ。学生時代に国際協力を専攻し、児童労働撤廃を掲げるNPO法人での啓発担当インターンとしてワークショップなどを担当。製造業や野菜販売の仕事を経て「もっと消費者が作り手のことを思う世界にしたい」という思いから、主に職人や物の向こうにいる人に取材・発信している。刺繍と着物、食べること、民族衣装が好き。

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