心の霧をはらって、恵みの雨へと変えていこう

 

お盆を過ぎて、涼やかな風が時折通り抜けることも増えてきましたね。

季節の巡りを知らせる七十二候は時を進めて、立秋の最後。「豪霧升降(ふかききりまとう)」。霧が立ち込めてくる時期です。

 

霧とは、大気中に存在しているキメの細やかな粒の水分が狼煙のように煙る現象のこと。ちなみに、春に生じるものは全く同じ現象であっても、実は「霞(かすみ)」という言葉が使われています。

物語に描かれる霧

 

霧は、小説などの物語において、古来より重要なエッセンスとして用いられてきました。

例えば、宮沢賢治『十力の金剛石』という話をご存知でしょうか。

 

ある霧の深い日に王子と大臣の子が宝石を探しに冒険に出ます。遊び盛りの彼らは、金剛石(ダイヤモンド)は山の上にあると話し合い、王子の側近たちの追手から逃れるようにして、山の頂上を目指していくのです。

 

その途中で虹に遭遇します。

「虹の足元にはルビーの宝石パレットが落ちている」と彼らは盛り上がり、折角だからと、虹の麓を目指して、道をかき分けながらずんずんと道なき道を進んでいきます。

 

やがて冒険の果てに、厚く立ち込めていた霧の代わりに、宝石の雨が降り注ぐ丘へと辿りつきます。しかし、そのまばゆいばかりにキラキラと光り輝く一方で、寂しさや切なさを植物たちは静かに歌い出すのです。

 

宝石の丘の植物たちが待ち望んでいたのは、ただ一つ。十力の金剛石でした。

 

待ち望んでいた、十力の金剛石が降り注ぐことによって、宝石たちは命の息吹を吹き返します。宝石でかたどられていた植物たちが、みずみずしい生き物へと移り変わっていくのです。

 

そう、勘の良い方ならお気づきかもしれませんが、雨が十力の金剛石なのです。

水分が大気に立ち込めると、不安や未知なるものを煽りますが、 一方で水分が雨に形を変えると、恵みの象徴となります。

同じ水だというのに、形や現れ方や強さが違うことで、受ける印象が全く変わってくる のが不思議ですね。

霧が晴れる日々を

 

時に人は生きていると、霧が深く立ち込めて希望が見えなくなってしまったりすることもありますよね。そんな状態にあったとしても、霧(自分自身への不信感や未来が見えないことに対する不安感)を払いのけていくことだけが出来れば、また冷静に日々を歩んでいくことができるのだと私は思います。

 

今、深い霧の中にいる人は、まずは心の霧をはらうために、

・神社に伺う
・安全で安らげる場所でぼーっとする
・こころに溜まった感情を一人でこっそりと、しかし激しく解放する(泣く、怒る)

といったことをするのがおすすめですよ。

 

あなたに立ち込める霧が、虹色に光る雨へとかわり、大地を潤すことを祈って。
立秋・末候記事はここまでといたします。次回、処暑・初候記事をお楽しみに。

 

<季節のお便り>

 

【二十四節気:立秋(りっしゅう)】

秋の気配が漂いはじめる頃。空の高さ、雲のかたち。蜩の声の大きさ。

小さな小さな秋の兆しを探して見てくださいね。

 

【七十二候:豪霧升降(ふかききりまとう)】

朝夕は涼しくなり、森や水辺などでは深い霧が立ち込める時期。青く突き抜けるような晴れの日から、幻想的なグレーががった霧と薄い水色の空へと変わっていきます。秋はもうすぐ。

 

参考文献

『七十二候で楽しむ日本の暮らし』広田千悦子 角川ソフィア文庫/『二十四節気と七十二候の季節手帖』山下景子 成美堂出版/『七十二候のゆうるり歳時記手帖』森乃おと 雷鳥社/『くらしを楽しむ七十二候』広田千悦子 光文社知恵の森文庫/『宮沢賢治コレクション3 よだかの星』宮沢賢治 筑摩書房