トマト農家のお嫁さんがみている世界~第1回 「農家の嫁」になるまでの山あり谷ありな日々~(聞き手:真矢)
はじめに
トマト農家のお嫁さんのしのさんは少しだけ話したことがある友達の友達でした。 そんなしのさんが田舎で旦那さんやその家族と一緒に農業という体力仕事をする日々は、私にとっては未知の世界で、なんだか大変そうなイメージもあって…。 でも、しのさんは言う、「都会で働いていた独身時代は自由で楽しかったけれども、あの頃に戻りたいとは全く思わない。昔は私を縛るものに見えていた責任が、今は私の自由を輝かせてくれている。それに田舎暮らしも結婚生活もオススメだよ」と。 |
第1回 「農家の嫁」になるまでの山あり谷ありな日々
2浪の末、画学生に…出会いと挫折
真矢:しのさんは、旦那さんと結婚して農家のお嫁さんになったわけだけど、旦那さんとはどのように出会ったの?
しの:大学で知り合いました。私はちっちゃい時からずっと絵を描くのが好きで、油絵学科を志望して、 2浪後、ようやく大学に入って、それで、ワンダーフォーゲル部に入部したら、彼が先輩としていたの。
真矢:へー、そうなんだ。ワンダーフォーゲル部って、山登るやつだよね?
しの:そうそう、山登りを一回してみたくてね、楽しかった。
それに、山登りって密なコミュニケーションをとるから、お互いのことを知るのにすごくよくて、彼とそういう形で出会ったのは本当によかったと思う。それで彼とは、大学1年ぐらいからお付き合いをしていました。
でも、絵は、ぽっきり心が折れちゃって…。
真矢:せっかく 頑張って大学に入学したのにどうして?
しの:予備校に通っていた時から少しずつ心が折れていったというか…。
絵の練習って、描いたものを講評っていって、一クラス全員分の絵を並べて、一枚ずつ先生が、講評していくのね。それが、すごく厳しくて、駄目出し9割位の感じで、そこで根性を叩き込まれるの。だけど、感性の部分はどんどんすり減っていくようで、私にはつらすぎたみたいで…。
真矢:私も美術大学を目指して予備校に通っていたから、自分が描いたものを否定されると自分自身が否定されているみたいに感じられて、つらくなる気持ちはすごくわかる。
しの:私の場合、大学に進学してからも、予備校時代のトラウマが変な風にこじれて残ってしまって、自由に絵を描こうと思っても、描いている途中で頭の中に先生の声がしてくるのね。
「ああ、その色塗っちゃった」「またそうやって考えなしにはじめるよね」とか、先生はそこまできつくは言ってなかったと思うんだけど、自分の中で増幅されたものが聞こえるようになっちゃって、もう手が全く進まなくて、ただただ苦痛だった 。
真矢:そこまで絵を描くことがつらくなってしまうと、卒業するのも大変だったと思うのだけど?
しの:ぎりぎりで卒業した感じ…。なんか不甲斐ないなあと思うんだけど、あれを挫折と呼んでしまうのはね。勝手に自分のトラウマを引きずって、それに負けちゃっただけだと思う。
それだけ苦痛になってしまっても在学中は絵への執念は残っていて、いい絵を描きたいって思いはずっとあったし、絵を描くことに疑問は持たなかったの。でも、卒業を前に進路を考えた時に、絵に関係する仕事に就きたいとも思えなかったし、学校の課題以外で絵を描き続けたいとも思えなかった。
だから結局、卒業後は絵からは離れてしまった。でも大学に入って、いろんな面白い人と沢山知り合えたし、大学の自由な空気の中で生き返ったような四年間だったから、大学には本当に行ってよかったなと思う。もちろん旦那さんとも出会えたしね。
学生時代のしのさん
向いてなかったOLと楽しかったフリーターライフ
真矢:それで、卒業後は絵から離れてどういう道に進んだの?
しの:とりあえず派遣社員になったのね。都内で働くOLさんの口がみつかって、そこで一年半勤めたんだけど、やってみたらすごく向いてなかった。
真矢:向いてなかったっていうのはどういう部分で?
しの:色々なことで怒られていた気がするけど、書類作成が致命的に向いてなかった。私が書類を作成すると、どう頑張っても、書類のどこかしらが間違っているのね。
そういうことが続くときちんと教えてくれている先輩をイライラさせてしまって、余計に緊張してまたミスして…。それで自分を責めているうちに段々体調が悪くなって、ごはんがあんまり食べれなくなったり、会社に行く途中で吐いちゃったり。
ある時、電車を待っている時に線路にひっぱられるような感覚があって、「今、私死にたがっているんだ」って気がついて、このままではいけないと思って、次の契約更新のタイミングで辞めたの。
真矢:社会に出てからも大変だったんだね。それからどうしたの?
しの:それで、大学時代にお世話になったイベント会社のアルバイトに戻って、それ一本でフリーターを数年させてもらって。
真矢:そのイベントの仕事はわりと性に合ってた?
しの:すごく性に合ってた。イベント当日に、班を作るのね。受付班とか場内メンテナンス班とか、それでマニュアルを渡されて、「この班のみんなで、この仕事をやってくださいね」って。イベントがだいたい一日で終わるから、当日初めて会った人達と、いかに仲良くしながら、明るく楽しく、その仕事をトラブルなく平和に終えるかっていうことに完全燃焼して、一日が終わるの。それがすごく楽しかった。
人から必要とされて、「今日もありがとう」って言われて、それがお金として入ることがすご幸せだった。企業さんが怒ってるとか、備品の数が足りないとかそういうのは全部社員さんが尻拭いしてくれるっていうのもあって、怒られないし、気持ち的にも楽だった。当時は、とにかく責任を負いたくなかったから。
真矢:今のしのさんは、トマトを育てることも含めて農家のお嫁さんとしての責任をきちんと負っているように私からはみえるので、意外な感じ。
しの:その頃はそうでしたね。自分が楽しいとか仲良しっていうのを最優先したかったから。責任が生じると、人を怒らなきゃいけないし、謝らなきゃいけないし、謝ることはまだ気が楽だけど、意見を戦わせなきゃいけないことも出てくるよね。それがすごく嫌だった。
それでフリーター生活を楽しんでいたけど、でもこのままじゃ駄目だなっていうのもすごく感じていて。
真矢:仕事が自分に合っていて、楽しいとあんまりそういう事は考えない気もするけど、そう感じていたのはどうして?
しの:めちゃくちゃ忙しい時とかあるのね。朝、ほぼ始発で現場に向かって、夜11時に現場を出るとか、それが二週間続くみたいな。お給料貰えて嬉しいけど、頭がおかしくなる。なんか続けてちゃ駄目だなって、やっぱ刹那的なところがあって…。
真矢:忙しすぎるっていうこと自体がやっぱりどこか刹那的だよね。
「とりあえず今だけ、お金も入るし」って心身に無理をしている状態だから、当然持続してやっていくものではないなってことになるもんね。
しの:そうそう。その楽しいアルバイト生活がね、すごく自分に向いてるし、職場には嫌な人は本当に一人もいなくてすごく幸せだったけど、これをずっと続けてたら駄目だなって、思っていた。
農家のお嫁さんは意外に楽かも!? 予想外の農業体験
真矢:そのあと、結婚しようっていうところはわりとすんなりと決まった?
しの:そうだね。元々OLを辞めた時に、結婚について彼と一度話をしていて、その時に、お互い結婚したいと思っているっていうのを、ちゃんと確認しあえたんだよね。
でも、自分に農業が出来るかどうかについては、大いに不安があったから、だから、しばらくフリーターしながら、考えるみたいな、猶予期間を設けたんだよね。
真矢:農業について、不安になるきっかけみたいなものはあったの?
しの:一番大きかったのが、私の母は兼業農家の出なんだけど、私が農家の嫁に向いてないってずっと言っていて。
でも、母がそんなにちゃんと考えているのだったら、一度体験させてもらえばって言ったのね。「ああ、なるほど」と思って、それで、彼のご家族が、体験学習させてくれたの。
そうしたらね、想像していたよりも楽で。日の出の前から働いて、すっごく大変なんだって思ってたんだけど、別にそんな重いものも持たないし、OLさんじゃないけれど、朝9時出勤で、お昼休みも11時半ぐらいから1時ぐらいまであって、むしろOLさんのランチの時間よりも長いし、それで午後も3時半ぐらいになったら終わりで、「あれ? 9時〜5時勤務とかよりずっと楽だ」と思って、すごくびっくりしたのね。
真矢:意外な展開。実務的な部分 はどうだった?
しの:やっている作業自体、トマトを育苗ポットっていうペラペラの植木鉢で、育てるんだけど、苗が大きくなったら畑に定植するから、その空っぽになったポットをただただ拾い集めていくだけとか、単純作業で…。時間的にも作業的にも楽だと思ったし、あと、人間がいないってことも私にとっては楽だった。
OLの時に体をこわしちゃったのは、人間関係も大きくて、その点、農業は人間相手じゃないから。「土もトマトも喋らないから、すごく楽だぞ」と本当に目から鱗で、「意外と出来るかも!」って思って、結婚しましたね。
しのさんが彼のご家族に農業体験をさせてもらったとき
次回、しのさんのリアルな農家のお嫁さんライフへと話が続きます。
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