toggle
2018-03-12

「続けられない私」が、「続けられたこと」から学んだこと

初めての習慣化

新しい年も始まり早くも1か月。新年の決意したチャレンジが日々の忙しさに埋もれがちになっている方もいらっしゃるのではないかと思う。私こそがそんなことの多いひとり。意気込みはあっても、あっという間に尻すぼみ……ということがしばしばだ。

でも、この冬、初めて続けられていることがある。子どものころから日々コツコツやることが大の苦手な私がどうして続けられているのか、今までと違ったことは何かについて書いてみたい。

きっかけは意外なところから

昨年末から私が少しずつ取り組み始めたのは英語の勉強。勉強といっても、実は、胸をはって大きな声で言えるほどの量ではない。しかし、少しの量でも毎日休まずに続けているということ自体が、新しい経験だ。

学校を卒業してから、長らく外国語と接点のない暮らしをしていた私。苦手意識が先行し、語学習得の話題はできれば避けたいことであり、再び学ぼうという気持ちも無かった。

ところが思いがけず、昨年末に外国人家族と数日同じ屋根の下で暮らすことになった。事前に情報もあまりなく、どんな方なのかな、英語も全然できないし、恥ずかしいな……と思うのは不安なことばかり。

実際にお会いしてみると、よちよち歩きの小さなお子さんを連れた笑顔の素敵なご夫婦。生活リズムが違い、思っていたより接点はなかったものの、それでも顔を合わせると、いつまで日本に? 今日はどちらへ? お子さんはいくつ? などとつたない英語で立ち話をした。

話してみると、「へえー、そうなんだ!」と思うことや興味を引く内容もあった。けれども、それを伝える言葉がすぐでてこない。仕事でも試験でもない久しぶりの純粋な英語のコミュニケーションは、できない恥ずかしさも忘れる楽しいものであったけれど、もう少し自在に話せたら、もっと話題が展開していろいろと話ができたのに、と残念な気持ちが残った。

そんな悔しさに駆られて、彼らと別れたその晩に早速英会話を習得できるアプリを探してやってみた。文章にしてみると中学生くらいの語彙のものでも、簡単には聞き取れず、易しいフレーズも口からでてこない。

いつもならこんな自分にがっかりしてここで辞めてしまうところだが、今回は1か月、1か月半……と細々と続いている。

自分の続けられる法則を見つけ出す

続けることが苦手な私が、今回どうして続けられているのだろうか。今までと違ったことを考えてみた。

・スタートは「やってみたい」という気持ちから

これまでは、周りの人ができるから、できたほうがよさそう、恥ずかしくないくらいできたら、という漠然とした、しかもどこか他人を意識した動機だった。しかし、今回は、思いがけず味わうことができた「もっと話したかった!」という自分の心が動いたことが動機だった。

・「正しさ」ばかりにこだわらない

過去に勉強を始めようとしても、体験談やノウハウをインターネットで探し、失敗しない方法論ばかりを考えて結局ほとんど着手せずに終わる、というパターンも多かった。今思うと頭でばかり考えて、「正しい」やり方にこだわっていたのだと思う。

今回は、「やってみたい」という気持ちが、ノウハウを探す旅にでる前に最初の一歩に移させてくれた。どんなにすばらしいやり方でもなにもしなかったら結果はゼロ。それよりはまず行動したことで、次、またその次と少しずつ積み重ねることができた。

・ハードルを下げる

挫折した過去の経験には、まとまった時間を取らないと成果がでないと考えて、結局、時間が取れず先送りしてしまう日が続く……ということもあった。

今回は、日常で必要に迫られていることでも、仕事で結果を出すことを求められていることでもない趣味のようなものだから、まずは、続けることを第一にしようと思い、時間の取れない時は3分でもよい、まずは手をつけられたら丸、と決めた。やり始めてしまえば、やっぱりもうちょっとと、思っていたより進められる時もある。

頭の中で「正しさ」だけを考えずに、気持ちを丁寧にみてみる

初めての「続ける」体験は、思いがけない出来事のおかげで自分の素直な気持ちに従って動けたことがきっかけになった。

これまで、怠け者だから続けることが苦手とばかり思っていたけれど、原因はそこではなくて、頭の中で結果を想像しすぎて自分の気持ちをよくみていなかったり、行動できなかったりしていたことなのかもしれない。

「自分の気持ちを適宜みつめ直して、試行錯誤を重ねること」、これを心掛けて次の小さなチャレンジを始めたいと思っている。

 

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です