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2020-07-22

トマト農家のお嫁さんがみている世界~最終回 トマトを育てながら感じたこと~(聞き手:真矢)

※この記事は2018年2月に取材したものになります

最終回:トマトを育てながら感じたこと

前回のおさらい

トマト農家のお嫁さんのしのさんにインタビューさせていただき、前回は農業や家事をする生活で感じた孤独と、そこから気がついたことについて伺いました。
今回は最終回、しのさんがトマトを育てながら感じたことを中心に話を伺います。

食べ物から仕事仲間になったトマトへの想い

真矢:結婚して農業をするようになって、トマトを植えて、育てて、実がなって、それを出荷するのを繰り返す日々の中で、トマトをみていて感じたことを教えてください。

しの:正直、結婚する前はトマトって、あんまり好きじゃなかった。すっぱいし、あんまり美味しくないって思っていたけど、結婚して、自分の家のトマト食べるようになって、すごく美味しいと思うようになった。それから農業をする前は、トマトは食べ物だと思っていたけど、今はすごく頼れる仕事仲間っていうか、私たちが世話をしないといけないけど、私たちが休んでいる間も彼らは成長し続けていて、実を大きくし続けてくれて、なんかがむしゃらな強さがあるのね。そういう目でみると「トマトさん!トマトさんすごいですね!!」って思っている。その一方で、病気で弱っちゃって細いのになんとか実をつけていたり、花を咲かせていたりするのをみると、自分がお医者さんみたいな気持ちになって「お疲れ様。今ちょっと弱っているからこの花はとっておこうね。」って思ったり、花とか実をとると栄養が全体に戻って元気になったりするから。今年は、例年よりも長く収穫出来るスタイルにかえたからかもしれないけど、予想もしなかったような病気がトマトに出たりもしたので、けっこうトラブル続きだったのね。だからトマトの実がはじめて赤くなったときは涙ぐむぐらい嬉しくて「嗚呼、実がなってる…!」って思いましたね。

ビニールハウスで色づくトマト

変化した「食べ物を粗末にするな」という価値観

真矢:そういう生活の中で、自分の中で価値観がかわった部分もありますか?

しの:そうですね。食べ物を粗末にするなって言われて育ってきたけど、けっこう農家の人って野菜とか粗末にするのね。畑で育てた大根を切ってみたら鬆(す)が入っていて、中がちょっと茶色くなっていたりすると、そういうのはそのまま畑に投げて、新しく抜いてきたりする。はじめは信じられないなって、なんてもったいないことをするのだろうって思った。ちゃんと切れば、美味しいところ、まだいっぱいとれるだろうにって。でも今は、それもおごりのような気がしていて、トマトとか野菜をみていると彼らは傍若無人に伸びていくのね。人間が手を入れようが入れまいがそんなことは関係なくね。手を入れなかったら出荷は出来ないけれど、でもそもそも出荷とか彼らには関係無いわけで、彼らはただ子孫を残せればいいだけだから。彼らの芽が出て、伸びて、花が咲いて、受粉して、実がなって、でそれが落ちて腐って、実の中の種がまた発芽してって、そのサイクルの中で、私たちは実の段階でひょいっと、とって食べさせてもらっているにすぎない。だから途中で人間の体内を通ろうが、通るまいが、彼らにとってあんまりかわりはないんじゃないかなっていう気がしてきたのね。トマトはすごく沢山実がとれるからね。一万個とれる実のうち、地面に落ちるのが一千個とかで、残り九千個は人間が食べて、下水を通って海にいくか、体内に消化されて何もなくなっちゃったとしても、トマトっていう種がなくなるのでなければ、別に彼らは気にしないんじゃないかなっていう気がなんとなくして。だから食べ物を粗末にしちゃいけないっていうのは、大事なことだけど、体調が悪いのに無理して食べて、具合悪くしても、野菜は別に喜ばないよって思う。一年のトマト収穫が終わったあと、トマトを全部抜いて、捨てにいく場所があるんだけど、そこから翌年の春になると、うわあーってめっちゃトマトが伸びてるの。そういうのをみると、彼らに人間は必要ないんじゃないかなって。

真矢:私も似たようなことを感じたことがあります。数年前、誘われて四国をお遍路で歩いた時に、柑橘類をいただくことが多くて、道端に袋にいっぱい柑橘類が入ったのが百円とかで売られていたり、お遍路さんはここから一人一個ずつ持ってっていいよと道端に蜜柑の入った箱がおいてあったりして、東京から来た私は、その安さと気前のよさにびっくりしたのね。そうしたら林道を歩いている時に、蜜柑の木をみつけて、その下に食べ切れないぐらい大量のみかんの実が落ちて、腐っていたのね。それをみた時に、私たちが食べる以上の実りを本来自然は与えてくれているのだなって思った。私が思っていたよりも世界は豊かだったというか。

しの:そうなの。だからそれを全部食べるのが人間のつとめだって思わなくていい。

取材当日のしのさん

やりたいこと、そして責任とのバランス

真矢:そろそろ最後になりますが、しのさんの人生の中でこれだけはやりたいって思っていることがあれば教えてください。

しの:やりたいってわけじゃないんだけど、自分に戒めていることがあって、やりたいことを我慢しないようにしようって。すごく人の顔色を伺う子どもだったから、ずっとそれは大人になってもぬけなくて、我慢癖もあるのね。でもそれをやっても、旦那さんや家族を含め周りの人も本当の意味では楽しくないし、自分もどんどん苦しくなっていくだけだと思うのね。だから、自分がやりたいことがあったら、なるべく我慢しないでやるようにして死にたい。そういう風に生きなきゃ駄目だっていうぐらいに思っている。でもだからって、やりたいことを全部出来るわけじゃなくて、今は遊びに行くより仕事をとらなきゃとか、そういう時もある。それで、振り返ってみて仕事をとって大正解だったってこともいっぱいあって、自分の責任をぶっちぎってやりたいようにやっても、本当には幸福じゃなかったりするから、何でもやればいいわけじゃないけど、それをすごく思うかな。あとは別にない。その時々で。今は微生物に興味があって、ぬか漬けとか自分の腸で体感してったら、腸内環境で自分の体調とか精神状態とかもかわるなって思ったから、それを腸じゃなくて、土壌に転換したら、土壌もよくなるんじゃないかなって、いい菌がたくさんいるとか、菌がいいバランスを保っている土壌だったら、植物も育ち方が違ったり、病気にかかりにくかったりするのかなって思って、勉強したいと思っている。実際、微生物を使った野菜の肥料っていうのは色々あって、手作り出来るものもあるのだけど、今までやってなかったから。旦那さんのお父さんとおじいちゃんが今までやってきた農業に、もう一つ微生物っていう知恵を足したら、色々うまくいこともあるんじゃないかなって、ソフトな形で入れ込んでいけたらいいなってなんとなく思っています。

当日の取材風景 とても和やかで楽しい時間でした

※この記事は2018年2月に取材し、連載が中断されていたものを、この度最後まで掲載させていただきました。時間が経ち、当時とは違った見え方になる部分もあると思いますが、お読みいただければ幸いです。(真矢)

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