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2019-12-10

連載「ものとわたし」第四回 匂いのしない匂い袋

自分の身の回りの「愛しいもの」を思い出して、大切に額縁に入れるようにエッセイにしていく連載「ものとわたし」。物との思い出を振り返りながら、買って捨てるを繰り返すのではなく「愛しいもの」と長く暮らす、そんな生き方を考える。

私が大切に使っているもののほとんどは人からもらった物だ。ある日、お気に入りの物ばかり身につけたら、下着以外すべてが誰かかからの贈り物だったこともある。

元カレにクリスマスにもらった帽子、母が編んでくれたマフラー、夫がサプライズで贈ってくれたかばん、義母が買ってくれたセーター、父から贈られたコート、前職の上司にもらったペン、友達が誕生日にくれたサンダル……。

こうやって改めて確認すると、今までたくさんの人からさまざまな物をもらったんだなあと思う。しかも、贈ってくれた相手やもらったときの状況を、意外とずっと覚えていることに驚く。

贈り物は、物と人を出会わせる特別なことだ。

ありがとう、おめでとう、元気でね。いろんな思いを乗せて、人々は物を贈り合う。私もこれまで、さまざまな贈り物をもらい、たくさんの贈り物を渡してきた。

そのなかでも長く大切に使い続ける物は、やはりデザインが良かったり、使いやすい物が多いだろう。だから私も、人に物を贈るときは「本当に使ってもらえるだろうか」ということを何度も何度も自問自答しながら、贈り物を選ぶ。

でもふと、それだけだろうか、とも思う。

もちろんデザインや使い勝手が良かったり、本人が気に入ることは前提として。私が長く大切に使っている物は、贈り手の思いや、もらったときの状況が強く刻まれている気がする。

見るたびに贈ってくれた相手の顔を思い出し、もらったときの状況までが蘇る。気温や匂い、そのときの自分の鼓動までを感じて、懐かしさに心がきゅっとなる。きっと誰でも、あるんじゃないかと思う。「あの人にもらったな」「あのときは嬉しかったな」って。

そんな贈りものを最近もらったのは、いつだっけ。ふと思い出したのが「もう匂いのしない、匂い袋」だった。

匂い袋とは、その名のとおり、香料を詰めた布袋のこと。香り袋とも呼ばれる。

私の元に、このきれいな匂い袋が届いたのは、昨年の春のこと。出産を控え、産休中だった私に、取材で出会った方が贈ってくれた物だ。

その方は、着物などの布を織る織物職人さん。綿花から糸車で糸を紡ぎ、さまざまな色に草木染めし、特注の機織り機で布にする。織物好きの私は、彼女の織り出す布を見て、その繊細な手仕事のファンになってしまった。

取材のお願いをするのは、いつだって緊張する。自分のことを知らない相手と電話で話すのが、こんなに苦手なのは何故だろうと自分でも不思議に思う。

たどたどしい挨拶のあと、ぜひお話を聞かせてほしいと熱意を伝えた。カンペを読みながら一気に喋った私に、その方が少し怪訝さを声に含ませながら一言。「えーっと、ごめんなさい。お名前を伺ってもよろしいかしら」

名乗らずに話し続けていたなんて、自分でも呆れてしまう。しかし、その方は私の緊張ごと包み込むように「待っていますね」と言ってくれた。その優しくエレガントな話し方は、まだ出会っていないはずなのに「好きだな」と思わせるものだった。

ある2月の晴れた日。取材にお邪魔して、一軒家の工房でたくさんの話を伺った。やっぱり以前も会ったことがあるような気がする方で、3時間も居座ってしまった。糸を紡ぎ、機織りをする姿を見せてもらうと、その方の人柄を表すように丁寧で、静かで、心静まる時間だった。

その方は携帯電話も、テレビも、パソコンも持っていない。私からすると信じられないが、その方の暮らしには必要ないのだ。

「固定電話と、ラジオだけね。アナログなのよ」と笑う、その姿から感じたのは「足るを知る」ということ。自分を幸せにするものが何なのかを知っているような彼女の生活は、「もっと、もっと」とどこまでも何かを追い求めてしまう私には新鮮だった。

原稿の確認も、すべて手紙と電話で。原稿をやりとりした封筒には、いつも美しい縦書きの手紙が入っていた。「お体にお気をつけてね」「また会いにいらしてね」。メールやチャットが当たり前になった私にとって、文末を締めくくる品のある挨拶はなんだか特別で、いつも嬉しかったのを覚えている。

記事を公開して、1ヶ月くらい経った頃。その方から小さな包みが届いた。

「気持ちがふんわりしてきますように…」

文末には当時出産を控えた私を気遣うように、そう書かれていて、同封されていた手作りの匂い袋からは、何の香りだろう、ふわっと良い香りがした。

自身で藍染めした布袋に、和紙と綿で包んだお香を入れて。その姿を想像するだけで、取材で訪れた工房や、優しくかけてくれた少し高い声や、機織り機のカシャンカシャンという音が蘇るようだった。

取材のお礼をしなければいけないのは私のほうなのに、彼女は「文章にしてくれてありがとう」「出産前の身体をお大事にね」という気持ちを乗せて、匂い袋を贈ってくれた。それを思うだけで、じわあっと温かい気持ちになったのだった。

たぶん、私はこの匂い袋を捨てることはできないだろう。たとえ匂いがしなくなったとしても、見るたびにタイムスリップしたみたいに、あたたかな気持ちを思い出すと思う。

贈りものは、物と人を出会わせる特別なことだ。

そこにはデザインや使い勝手もあるけれど、たぶん、贈り物をするときに一番大事なのは「愛しい記憶」があることなんじゃないかと思う。その記憶があるだけで、その贈り物は特別になって、人生を長く彩ってくれる。

「あなたに似合うと思ったから」「今のあなたに必要かなと思って」

どんなに小さなものであっても、そこに込める気持ちがいかに大切なのかを匂い袋は思い出させてくれる。受け取った人間が、どれだけ長いことそれを愛おしく思い続けるのか、も。

人生のさまざまな場面で、物は贈り贈られ、人々の間を飛び交う。そのひとつひとつに、私が匂い袋に持っているような「愛しい記憶」があるといい。

私も、相手がそんな気持ちになるようなものを贈りたい、とクリスマス前のこの時期に改めて思う。それが多くの人が愛しい物と長く生きることにつながると信じて。

1990年東京都生まれ。学生時代に国際協力を専攻し、児童労働撤廃を掲げるNPO法人での啓発担当インターンとしてワークショップなどを担当。製造業や野菜販売の仕事を経て「もっと消費者が作り手のことを思う世界にしたい」という思いから、主に職人や物の向こうにいる人に取材・発信している。刺繍と着物、食べること、民族衣装が好き。

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