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2019-06-12

「ものとわたし」第二回 恋してしまったドレスとの出会い

買い物をしているときに、一目惚れしたことはありませんか。

 

今回の「ものとわたし」で書くことにしたのは「買い物での出会い」。ものとの出会いで一番多いのはやっぱり買い物だろう。よく行くお店の新商品、なんとなく眺めていたショーケースのなかで惹かれたもの、はたまた、通りかかった露天の商品まで。ベタな言い方をすれば「胸を射抜かれたような」「ビビッときた」ものとの出会いを経験している人は多いと思う。

 

私の場合はサンフランシスコのメインストリート、Powell Streetにある衣料品店の一角だった。いい香りがする店内の、一番目立つところに飾られたグレーのパーティードレス。細い肩紐、胸元の折返し、きゅっとしまったウェスト、すべてが完璧すぎて衝撃が走った。手に取ると、下地よりも少し濃い光沢のある糸で刺繍されたペイズリー柄がつやっと光る。そんなところまで、たまらないのだ。

 

店内には、洋服の他にもアクセサリー、キャンドル、ノート、雑貨などがセンスよく並べられ、いつだって深呼吸したくなるくらい、いい香りがしていた。街に出たときは、この香りが嗅ぎたくて、買いもしないのによく店に入ったのを覚えている。

 

「買いもしないのに」というのは、当時お金のない留学生だった私には少々高い値段設定だったからだ。しかも前回も書いたとおり、私には買い物に対する抵抗があって、特に洋服に関しては優先順位が低かった。素敵だな、欲しいな、と思っても「洋服に、そんなお金をかけるのか?」と自問自答しては、棚に服を戻すということを繰り返していたのだった。

 

そんな私が、このドレスは手放せなかった。手に持ったまま、お店のなかをゆっくりと二周する。棚に戻した瞬間に、他の人が買ってしまうかもしれない。私の物にしたい。値札を見る。何度見ても、値段は変わらない。

 

こんな素敵で高価なドレスを、私は一体どこで着るっていうんだろう。

 

買い物をするとき「本当に使うの?」という現実的な声が「ほしい!」というときめきを押し殺してしまうのは、私だけじゃないはずだ。結局、私は最愛のドレスを棚にかけて店を出た。振り返れば、まだそこにドレスはあったけれど、ここでお別れだった。

(写真:©Photo by Celia Michon on Unsplash)

 

それから忙しい学校生活を送りながら、私はドレスのことを考えずに過ごしていた。思い出さないようにしていたのかもしれない。その代わりにファストファッションの安いTシャツや、似たようなジーンズを買っては「これは、よく着るから」と自分に言い訳していた。

 

よく着る服は汚れたり古くなりやすい。だから安いものがいい。すぐに買い換えられるから。

 

いまだに私のなかにある、この考え方。本当は私が一番なくしたい「買っては捨てる」の循環なのに、やはり便利で抜け出しにくい。

 

ある日、久しぶりに街を歩くと、キャンドルのいい香りがした。誘われるように店内に入ったものの、あのグレーのドレスがかかっていた棚には、まったく別のカラフルなワンピースがかけられていた。人気ブランドの商品の入れ替わりは激しいのだ。

 

その瞬間、言いようのない後悔に襲われた。

 

買えばよかった!手が届かない値段じゃなかったのに。

 

後悔しても遅い、どうしようもない。この心の隙間を埋めてくれる、他のドレスはないかな。そんな気持ちで自然とセール品のコーナーへ足を運んだ。この店のセールコーナーは階段を降りた最下階の左奥。小さな小部屋に詰め込まれた「売れ残り」の商品は、値段や形ではなく、色によって棚が分けられている。

 

背中が大きく開いた黒のドレス、民族調のカラフルなワンピース、レースがおしゃれな真っ白なドレス。

 

次の色のドレスに手をかけたとき、見覚えのあるペイズリー柄に心臓が跳ねた。嘘でしょ、あのドレスだ。ドキドキしながら値札を見る。半額…!!そして、もっともっとドキドキしながらサイズを見る。当時の私のサイズは4。もっとも一般的なサイズなので、SSやXXLばかりのセール品のなかで残っている確率はかなり少ない。諦め半分で背中のタグをめくる。

 

4――。

 

「マジか…」思わず、サンフランシスコの真ん中で、日本語でつぶやいていた。欲しかったドレス。一度は諦め、手放したドレス。それが今、なんと半額になって手元にある。これを「運命」と呼ばずして、何と呼ぶか。

 

「戻ってきてくれてありがとう、一生大切にするから!」

 

プロポーズするような気持ちでレジに直行した。

 

このドレスは戻ってきてくれたからいいものの、世界中に「物」が溢れるこの時代、タイミングを逃したらもう二度と同じものに出会えないことが多いだろう。人との出会い同様に、ものとの出会いも一期一会なのだ。

 

私は買い物が苦手なのに加えてケチなので「本当にほしいの、それ?」と、しつこいくらい自分に問いかけながら、そして今回のような失敗や後悔を繰り返しながら生きてきた。だからだろうか。「今、これを買わなかったら後悔するぞ」という感覚が、少しずつだけれど、つかめるようになってきたように思う。

 

世間では「片付けに、ときめきを」というのが話題だけれど、私は「買い物にも、ときめきを!」と伝えたい。見た目、素材、作りて、なんでもいい。「ちゃんと使うの?」と頭で考えることももちろん大切だけれど、それより「ビビビ!」を大切にしたいのだ。お財布よりも先に、自分の心に宿る「好きだ!」という感覚を確認しながら、私は買い物がしていきたいと思う

 

そうやって買ったものは、きっと長い付き合いになる。恋に落ちて、プロポーズした相手のように。

 

あれから数年のあいだ、親戚や友人の結婚式のたびに、このドレスを着てきた。

 

「いつも同じ服を着ていると思われる」「一張羅なんて恥ずかしい」と、ドレスを買い換える人もいるようだけれど、私にとっては最愛のドレスを着るチャンス。普段着で着られるようなものではないので、こんなときしか出番がない。大好きなドレスを着て大切な人の結婚を祝うのは、最高の気分だ。

 

そしてクローゼットから取り出すたびに「ああ、やっぱり素敵なドレスだ」と見惚れてしまうのだ。たぶん、これからもずっとそうだろう。

 

私は、このドレスに恋をしてしまったのだと思う。

1990年東京都生まれ。学生時代に国際協力を専攻し、児童労働撤廃を掲げるNPO法人での啓発担当インターンとしてワークショップなどを担当。製造業や野菜販売の仕事を経て「もっと消費者が作り手のことを思う世界にしたい」という思いから、主に職人や物の向こうにいる人に取材・発信している。刺繍と着物、食べること、民族衣装が好き。

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